大判例

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京都地方裁判所 昭和62年(行ウ)42号 判決

原告

川崎定雄

右訴訟代理人弁護士

浅野則明

被告

精華町

右代表者町長

井上藤治

右訴訟代理人弁護士

杉島元

右参加人

精華町農業委員会

右代表者会長

中村秀一

右訴訟代理人弁護士

山崎幸三

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

「一 原告が精華町農業委員会の会長の地位にあることを確認する。二 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二  被告

主文同旨の判決

第二  当事者の主張

一  原告

1  請求原因

(1) 原告は、参加人精華町農業委員会(以下、参加人農業委員会という)の委員である。同委員会の委員は定数二六名であり、そのうち、選挙により、選出される委員が一九名、町議会推薦による委員五名、農業協同組合等の団体の推薦による委員が二名である。

(2) 参加人農業委員会は、「農業委員会の選挙による委員の一般選挙の後、最初に行われる総会」を昭和六二年七月二九日に開催したが、同日の総会(以下、本件総会という)においてその会長を選出するにあたり、原告及び中村秀一(以下、中村という)の二名が立候補し、仮議長藤原俊雄の下で委員二六名による投票を行ったところ、その開票の結果が、原告一二票、中村一二票、無効票二票と、両者同数であるとして、慣例による抽選の結果、中村を会長に選出した。

(3) ところが、同月三〇日、この無効とされた二票を検分したところ、その内一票(本件投票という)は原告に投票したものと判断できることが判明した。

(4) 本件投票を無効とすることは不当であり、これは次のとおり原告に投票したものとして数えるべきであるから、原告は、一三票を得ていることになり、参加人農業委員会の会長に当選し、互選されたものというべきである。

本件投票は、原告に対する投票として有効である。すなわち、精華町農業委員会規則(甲六号証)四条には「農業委員会で行う選挙の方法及び手続きについては別に定める」と規定されているものの、現在まで右の定めはなく、慣行的に精華町議会規則第四章の選挙に関する規定が準用されており、右規定によれば、投票の効力は立会人の意見を聞いて仮議長が決定することとなる。仮議長は投票をできる限り有効と判断するべきである。本件投票は、よくみると「杉山」との記載を縦線で抹消した後に「川崎」と記載しているもので、これを単記無記名ではなく他事記載があるから無効と判断することは失当である。本件投票を無効とした決定は無効である。

2  法律上の主張

(1) 参加人農業委員会は被告の行政機関であって、独立した法人格を有せず、被告適格もない。したがって、農業委員会の会長という行政機関の代表者の確認を求めるについては、被告に被告適格があると解される。

(2) 農業委員会の会長の地位にあることの確認を求めることは、これも法律上の争訟であり、裁判所の裁判権が及ぶ。農業委員会等に関する法律(昭和二六年法八八号、以下、農業委員会法という)五条二項には、農業委員会会長は委員の互選によって選出されると規定されており、その具体的な方法については規定がないから、農業委員会において実情に合致した方法を定めることができる。しかし、公的機関である農業委員会の会長の投票の効力に関する仮議長の決定は、公正でなければならず、公職選挙法の規定と同様の趣旨に運用されるのが適切であり、法的判断に服する事柄であり、その裁量の範囲を逸脱した場合には、最終的には司法審査の対象となり得るし、また、本件投票については、立会人において投票の効力につき仮議長の決定を仰ぐことなく無効として処理したものであって、その手続に重大な瑕疵があり、この点からも司法判断を受けなければならない。

二  被告・参加人

1  答弁

(1) 原告主張の請求原因(1)及び(2)の事実を認め、その余の事実を争う。

(2) なお、本件総会において、仮議長藤原俊雄は、その会長を選出するに当たり、原告と中村との二名が立候補したため、その選出方法として単記無記名投票により候補以外の氏名の記載を無効とする旨を総会にはかり、委員全員の同意を得たうえ、杉山義尋委員及び西村義勝委員を立会人に指名し、委員二六名による投票を行ったところ、その開票の結果、原告が一二票、中村が一二票、無効票が二票となったので、予め決めていた抽選の方法により、中村を会長に選出した。仮議長は、本件投票につき、立会人の報告及び意見により、これを無効と判断したものである。その後、原告からの申出により前記無効票二票を原告に開示し、本件投票については、「川崎」との記載の他に「杉山」との記載があり、単記無記名投票ではないし、また他事記載があることから無効と判断した旨を通知した。

2  法律上の主張

(1) 被告には本件訴訟の被告適格がない。即ち、精華町長は、農業委員会法二一条一項により本件総会を招集したにすぎず、その後の参加人農業委員会の運営管理等に何ら責任を負うものではない。また、農業委員会は、市町村の行政機関ではあるが、市町村長の補助機関ではなく、独立した別個の行政機関であり、その所掌事務の執行に当たって市町村長の指揮監督を受けるものではなく、その会長がその事務を総括整理し、且つ、これを代表する。

(2) 農業委員会の会長の選出については、農業委員会法では委員の互選によるとのみ定められ、その選挙の方法、選挙に関する不服申立手続等の定めはなく、公職選挙法の準用もない。従って、会長の選出をめぐる紛争は農業委員会の責任において自主的に解決すべきものである。

また、本件訴訟は裁判所に対して会長に選出されたとの決定を求めることと実質的に異ならないものであるが、かかる決定は、参加人農業委員会が判断してなすべきものである。本訴請求は、法律上の争訟でなく、原則として裁判所の司法審査が及ばない。なお、仮議長がした本件投票を無効とする決定は、明らかに間違っているものとはいえない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告主張の請求原因(1)及び(2)の事実は当事者間に争いがない。

二原告は、要するに、本件投票が原告に投票されたものであり、原告が一三票を獲得して参加人農業委員会の会長に当選し、会長の地位にあると主張するものである。

三農業委員会の会長の地位は法的地位であって、その確認を求めることは、公務員の地位確認訴訟の一種であるから、行政事件訴訟法四条所定の当事者訴訟であり、訴の利益が認められないなど特段の事情がない限り、適法な当事者間の現在の法律関係の確認の訴えとして許容される(行訴法四条、三六条参照)。そして、原告は参加人農業委員会会長の地位を失っても、なお参加人農業委員会の委員たる地位を有しているが、成立に争いがない甲第九号証(昭和四七年条例第四号)によると、その給与は、会長が一一万円であるのに対し、委員は七万円であることが認められるなど、その間の法的な利害に格差が存在することに照らすと、原告には参加人農業委員会の会長たる地位の確認を求める訴えの利益が認められ、これを欠くとはいえない。

なお、参加人は一つの行政機関である行政委員会であって、独立の法的人格を有しないものであり、参加人を相手に本件農業委員会会長の地位確認の請求という当事者訴訟を提起できず、農業委員会は執行機関として地方自治法一八〇条ノ三により市町村に置かれたものであるから、参加人が所属する被告が当事者適格を有するというべきである。したがって、被告主張のように参加人が被告から権限の独立性を有する行政委員会であるからといって、被告精華町の被告適格を否定すべきものとはいえない。

四農業委員会法五条二項は農業委員会の「会長は、委員が互選した者をもって充てる」と規定しているが、その具体的な方法に関する規定を置いていない。

したがって、農業委員会会長は、委員による互選された特定の者につき、これを会長に充てる旨の選任があって、はじめてその地位に就くものであるから、原告が参加人農業委員会の会長の地位にあるか否かは、互選に基づく選任の存否にかかっている。

五そこで、参加人農業委員会において原告を農業委員会会長とする互選に基づく選任があったか否かを次に検討する。

(1)  参加人農業委員会において、会長の互選の方法について、原告主張のように慣行的に各委員の投票によるものとし、その投票の結果がなんらの委員会総会などの判定を待たず、自動的に互選に基づく選任になる旨の定め若しくは決議があったものとはいえず、本件全証拠によっても、これを認めるに足りない。

したがって、投票が行われたからといって、自動的に投票の結果が明らかになり、その結果のみによって何らの決議を待たず当然に原告が会長の地位に就任したものとはいえない。即ち、会長の互選そのものは、相互に選挙することを指すのであり、会議の議事として多数決により互選するというのは特段の事情がない限り、相当でないが、これをうけて互選の結果を確認し、互選された特定の者を会長に充てるという互選に基づく選任は、特別の定めがない限り事の性質上、農業委員会総会が決定すべき事項であるから、各委員の投票により互選が行われたとしても、総会は投票の結果の報告を受けて、投票に関する疑義等があればこれを審議判定したうえ、投票の結果に基づき互選された者を会長に充てる旨を宣言する決議を経て初めて会長の選任が完成し、その者が会長の地位に就任するものというべきであって、その間の投票などの手続は、互選による者を定め、これを会長に充てる旨の決議にいたる過程ないし準備行為であるともいいうるのである(精華町議会会議規則三二条、三二条の二(成立に争いのない甲第七号証)、都道府県農業会議会長選挙に関する農業委員会法四二条一項、四六条二項のほか、地方自治法一〇三条、国会法六条参照)。

(2)  〈証拠〉によれば、本件総会においては、委員二六名による投票により原告一二票、中村一二票、無効票二票であったものとして、改めて両者による抽選を行ったうえ、その抽選の結果にしたがって中村を互選されたものとして、同人を会長に充てる旨の決議をした事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠がない。そして、原告を互選により選出された者としたうえ、原告を会長に充てる旨の参加人農業委員会総会の決議があったとの事実は、その主張もないし、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

したがって、参加人農業委員会総会が原告を互選されたものと確認して、同委員会会長に充てる旨の議決がない以上、原告が参加人農業委員会会長の地位にあるということはできないのであって、この点は既に議長の地位にあった者が議員除名処分などを受けたが、その除名処分取消の審決があったため、議員とともに議長の地位を回復する関係にあるという最高裁判例とは事案を異にするものである(最判昭和五七年(行ツ)第五四号議長地位確認等請求事件、昭和六二年四月二一日第三小法廷判決参照)。

六以上のとおりであるから、中村に対する互選による会長に充てる旨の総会決議の効力等の判断をするまでもなく、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官田中恭介 裁判官和田康則)

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